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文系の方々も「理」の心を(6(伊藤忠丹羽会長のお話)へ

 

文系の方々も「理」の心を(7

(「朝まで生テレビ!」の「理」の欠如)

2005年1月16日

宇佐美

 

 前文で、引用させて頂きましたように、昨年暮れのサンデープロジェクトでの伊藤忠の丹羽会長のお話に胸が膨らみましたが、その数日後に放映された『朝まで生テレビ!』には、胸が潰れてしまいました。

先ず番組冒頭の田原総一朗氏の発言は次のようでした。

 

 今年は、戦争が終わって60年、そしてこの60年は圧倒的に自民党の時代だった。

自民党の内閣がこんなに続いたのは、国民に約束した3本の柱があった。

そして、それに国民は満足していた。

1.        二度と戦争に巻き込まれない。(自衛隊を外に出さない)

2.        国民の生活を豊かにする。(高度成長)

3.        国民の生活を便利にする。(日本国中、交通網を張り巡らす)

 

 この冒頭発言から、田原氏は、おかしいではありませんか?!

何故、田原氏は敢えて、「二度と戦争に巻き込まれない」との表現をされたのでしょうか?

日本国憲法は、次のように書かれています。

 

第九条【戦争放棄、軍備及び交戦権の否認】

1  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

 

 「巻き込まれない」ではなく『戦争放棄』と謳っているのです。

それに、自民党以外の党だって、(表現はともかく)同じような柱を立てるでしょうよ!

(私の邪推なのかもしれませんが、高市早苗氏への暴言以来(拙文《田原総一朗氏の変節》を御参照下さい)、田原総一朗氏はすっかり自民党の提灯持ちに成り下がってしまったようです。)

 

 でも、又、おかしいのは、次の発言です。

 

 この3本の柱で90年まで(50年間)もった。

90年に湾岸戦争が起きた、更に、冷戦が終わった。

そして、バブルが弾けたという事で、この3本の柱が終わってしまった。

それから以後、どうしたら良いかわからない。

私は、はっきり言って漂流の時代だと思います。

 やっとこの1〜2年になって方向が見えてきた。例えば去年、初めて自衛隊が海外に出た。

陸上自衛隊がイラクへ行った。

そして、小泉さんが出てきて構造改革を始めたが、行政改革はうまくいっていない……依然として漂流していると認識している。

 

 冷戦が終わったのに、漂流する必要があるのですか!?

“これからどうしたら判らない”ではなくて、この際、日本は、日本のみならず世界中が『戦争放棄』するように、尽力すべきではありませんか!!!

それなのに、「漂流の時代」などと、言葉の遊びをして、自衛隊がのこのこ海外に出てゆくことで、「方向が見えてきた」とは一体、田原氏の頭はどうなっているのですか?

(堺屋太一氏(補足をご参照下さい)の『団塊の世代』並みに『漂流の時代』等との言葉を、田原氏は、無理に定着させようとしているようにさえ思えます。

言葉遊びをするなら、「漂流の時代」ではなく「逆行の時代」です。)

 

「湾岸戦争」に『理』があったのですか?

少なくとも「湾岸戦争」に、お金は出しても、自衛隊を派遣しなかったことは、

『恥』ではなく『誇り』

であった筈です。

「湾岸戦争」の根源となった、イラク(フセイン)のクウェート侵攻は、何処の国が仕向けたのですか?

米国が、フセインを焚付けたのでは?

それに、「湾岸戦争」は、自由クウェート市民との団体がアメリカの大手広告代理店「ヒルトン&ノートン」に依頼して「駐米クウェート大使の娘」をナイラと名乗らせ作成した「宣伝工作無くして、米国民は「湾岸戦争」の開始に賛成しましたか?

(「ナイラ」とのみ紹介された十五才の少女が、イラク兵士が嬰児を保育器から取り出して、「冷たい床の上に置き去りにして死なせる」のを目撃したと主張した。「保育器の報道」)

(これらの件は、拙文暴君はフセインですか?アメリカではありませんか!》などをご参照下さい。

 

田原氏をはじめ、「朝まで生テレビ!」等で、

“日本は、憲法を改正して『普通の国(軍備を持った国)』となるべし!”

と喚き散らしている方々は、しっかりと、湾岸戦争を総括されたのでしょうか?

(付け加えますが、軍備を持った国が普通の国ですか?異常な国ではありませんか!)

 

 冷戦の終わった後、いわゆる大国の中で、戦争をおっぱじめているのは米国だけではありませんか?

それも『マッチポンプ的に!』

 

 田原氏は“やっとこの1〜2年になって方向が見えてきた。例えば去年、初めて自衛隊が海外に出た。”との見解ですが、数年前(確か、今回の米国のイラク侵略前まで?)

“自衛隊を国連軍とすべき”

的な発言をしていた筈です。

米国が、国連を無視して、勝手にイラクへ侵略して(日本も米国の提灯持ちをして)イラクを目茶目茶にしてしまったことを目の当たりにした現在、尚のこと、『国連重視』を打ち出すべきではありませんか!?

(田原さん一体どうしたのですか?

普通の感覚なら、(普通は簡単に、世論誘導されてしまいますから、従来の感覚でなら、と書き改めるべきでしょうが)

“この1〜2年、おかしな方向に動き出してしまった”

と言うべきではありませんか!?)

 

 それも、散々国連を無視した小泉首相に関して、18日の朝日ニュースターの番組『パックインジャーナル』での日刊ゲンダイの二木氏の次なる発言に驚きました。

 

 (スマトラ沖大震災による津波被害の復興対策のためのジャカルタに於ける緊急首脳会議で、アナン国連事務総長に、国連常任理事国入りを再要請していた。……

 

 国連を無視して滅茶苦茶にしたイラクに関しては、『復興』を最優先しておきながら、スマトラ沖大震災による津波などの天災に苦しむ国々の復興対策に、真っ先に日本が邁進すべき時に、常任理事国の話を先ず持ち出すとは何事だ!

と番組の出席者一同が憤慨していました。

勿論、私も大憤慨です。

 

 それに、田原氏の掲げた、第3項「日本国中、交通網を張り巡らす」は、田中角栄首相(当時)が推し進めた『列島改造論』であって、代々の自民党内閣の目標だったのでしょうか?

 

 更に、田原氏は次の旨を語ります。

 

行政改革(公務員改革、年金改革、税制改革、地方分権)が、自民党内の反対が強くて殆どうまく出来ていない。

自衛隊がイラクへ行ったが、国民に納得できる行き方でない。

(小泉さんが“自衛隊がいる所が、非戦闘地域だ。”などとばかばかしい説明をしている。)

 こんなことで、今は日本は『漂流の時代』だ。

 

 何を田原氏は寝ぼけているのでしょうか!?

バブルが弾けた後の不況は、構造不況(安価な労働力を有する周辺国の輸入品が日本に溢れる。ダム、建築物などの箱物が日本全土を横溢……)であるのに、景気対策と称して、多額の国債を発行して公共投資を行い、日本国に多額の借金を背負い込ませた自民党政権を田原氏はなんと理解しているのですか!?

(田原氏ご自身の著作『聞き出す力:カナリア書房』のなかでも、

僕はテレビで、自民党の賞味期限は終わったと平気で言っている

と書いていたではありませんか!?)

 そして、田原氏はまだ寝言を言い続けます。

 

こういう日本を一体、どういう国にすれば良いのか?

更に言えば、60年経って、今若者が夢も希望も失っている、フリーター、ニート、
それから、奈良のあんな事件がぼんぼん起きる

何故、一体60年経って日本はこんなになっちゃったのか?

 日本はどうすれば良いのか!?

 

 冗談じゃありません。

田原氏は、この「朝まで生テレビ!」を司会する数日前のテレビ朝日の番組「サンデープロジェクト」で、伊藤忠の丹羽宇一郎氏にインタビューして貴重なお話を聞かせて頂いているではありませんか!?

(詳しくは先の、拙文《文系の方々も「理」の心を(6)(伊藤忠丹羽会長のお話)》をご参照下さい)

その中で丹羽氏は、次の点も語っておられたではありませんか!?

 

 (王、長島時代を含めて)9連覇を成し遂げたプロ野球チーム(巨人)の監督だった川上哲治氏は、“組織の盛衰の99%はトップの責任”と『遺言』との著作の中で書かれている。

 

 今の日本のおかしいのは、先ず日本のトップがおかしかったからと、トップ自ら反省すべきではありませんか!?

なのに、“人生色々”などと、無責任発言を首相が繰り返しているとは何事ですか!?

更に、不良年金、多額の国債発行などで、その皺寄せを若者たちに押し付けておいて、何の反省も無いとはどうなっているのですか!?

奈良の事件だって、被害にあった少女も、ご家族も大変悲惨な事件であります。

犯人の非人間性を幾ら責めても責め足りません。

 しかし、何故、同じ思いを私達は、米国や、はたまた日本に向けていないのでしょうか?!

弱国イラクに「大量破壊兵器保持」の言いがかりを付けて、最新の近代的兵器を駆使して攻め込み、赤子のようにイラクをねじ伏せ、多くのイラク国民を殺害した世界最強国の米国、そして、その尻馬に乗って、何ら反省も釈明もない日本国政府を、何故、私達は非難しないのでしょうか?

そして、その国民である私達は、何故、反省しないのでしょうか?!

 

 そして、イラク国内を壊滅した米国は今まで調査したが、イラクには大量兵器は見つからなかったと平然として発表して、その尻馬に乗った日本も反省の色も見せないのは、どういうことなのですか!?

 

 今回の「朝まで生テレビ!」で、村田 晃嗣氏(同志社大学助教授)は、次のように発言し同席者までも唖然とさせていました。

 

米国がイラクに大量破壊兵器が存在しなかったと認めても、大量破壊兵器は持っていても使えないのだから、持っている振りをするだけでも脅威であり、米国のイラク侵攻は正当性がある

 

 その上、

「イラクは大量破壊兵器を持っていないことを、(イラク自らが)証明できなかったのだから、攻められても当然。」

 

 こんな屁理屈が通るのなら、私達の日常生活は成り立ちますか?

例えば警察に、“お前は細菌兵器を隠し持っている危険なやつだ、多分、大量殺人の犯人であろう”との容疑をかけられても、私達自身が、度重なる警察の家宅捜査に協力しても“細菌兵器を持っていないことを、お前自身が証明出来ないのは、お前の警察の捜査への協力が不十分だからだ、よって逮捕する”、そして、裁判でも同じ論法で、死刑となってしまうでしょう。

そして、私達が死刑で死んだ後、家中を残らず引っ掻き回して探した結果、細菌兵器など出てこなくても、“あいつは、細菌兵器を持っている振りをしたのだから、社会の脅威であり、死刑は当然だ”と言われかねません。

こんな村田氏が大学の助教授なのですか?!

 

 そして、田原氏の口癖の“戦争は勝たなくてはいけない(勝てば官軍)”の論に乗って、村田氏は又続けます。

 

戦争の正当性は、開戦の事由とともに戦争の結果に依存する

戦争の結果を見る限りアメリカの占領計画がきわめてずさんであったことは言うまでも無い。

開戦の事由の不明確さよりも結果のほうの責任がブッシュ政権にとってはるかに重いと思う。

 

 こんな論法が「朝まで生テレビ!」では罷り通るのです。

こんな論に同調する人ばかりを出席者として番組は選んでいるのかしらと邪推したくなります。

これでは

「強い者勝ちの世界」

ではありませんか!?

このように最強国が弱国を嬲り殺しにする事が是とされる世界に於いては、いたいけな少女を嬲り殺して平然としている男が輩出されるのも当然とも思えます。

 

 更に、田原氏は暴論で出席者を煽ります。

 

日本の戦争責任云々を言われていることは、負けたからです

米国が原爆を落としたことも、ソ連がシベリアに関東軍を持っていったことも全然責任を問われない。そういう意味でブッシュの責任は大きい。

 

 こんな暴論が罷り通る日本では、殺人事件はいとも簡単に発生してしまいます。

何故、国家的な殺人が(戦争に勝てば、どんなに非人道的であっても)許されてしまうのですか!?

私達は、原爆を落とした米国への抗議を忘れてはいけないのです。

原爆など(兵器はどれもですが)非人道的虐殺を(東京大空襲も)是認してはいけないのです。

きちんと責任を問うべきです。

問わない私達が異常なのです。

 

 そして、更におかしいことは、田原氏は次のような発言もしました。

 

中国の蒋介石は、日中を仲良くしようとしていた。その蒋介石に向かって、共産党の毛沢東とか周恩来が戦争しろと仕掛けるんですよ、この内戦があり、蒋介石と向かい合って日本はうまくやろうとしたが、共産党からの刺激で、蒋介石がやろうと言い出す。日本の悪い分と中国の悪い分はある。でも危険なのは今、「日本は全部悪い」になっている

そこを日本と中国はきちんと話し合うべき。

 

 おかしいではありませんか!?

田原氏の口癖の「勝てば官軍(戦争は、勝ったもの言い分が通る)」のであるなら、

中国は勝者です。

(その証拠に、中国は国連の常任理事国です。)

米国の場合だけが『勝者の言い分』が通り(イラクにおいても)、中国の場合は、それが通らないのは『理』ではありません!

 

しかしながら、(田原氏の見解は捨て置くこととして)、色々と事情を掘り起こせば、一方的にどちらかが悪いことは無く、他方にも何かしら悪い点が出てくるでしょう。

(「鐘」と「突き棒」の関係のように、どちらか一方だけでは鐘はなりません。)

大事な点は、当事者双方が、自発的に反省し合うことです。

(それを自虐的と解釈するのは、尊敬される人達が取る態度ではありません。

勿論、一方が、反省しているのに対して、他方が、何も反省しないのは、悲しいことですが、他方の反省をじっと待つのが、尊敬される人達の『理』ではありませんか?

そして、このような人達を「腰抜け」「意気地なし」と言う方々こそが「腰抜け」「意気地なし」であると存じます。

 

怒るのは簡単です。殴りかかるのも簡単です。

(こんなことを、勇気ある行動とは決していえません!)

それも、強いものが!(やろうと思えば金に飽かせてどんどん軍事力を強めることが可能な国が!)

 

 更に、 曙光氏(拓殖大学教授)の

 

日米同盟の性格が対中の性格を帯びてきた。この認識を中国国内で強く持っている。

 

との発言に対して、田原氏は暴論を吐きました。

 

日米安保条約があるから、日本は核を持たない。

安保条約が無くなれば核を持たざるを得ない

それでよいのですか?中国の核は何故持っているの?

 

 田原氏はもうすでに日本国憲法第九条を葬り去っているのですか!?

九条には、“武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する”との文言があるではありませんか!?

 

 暴論を吐き放題だったのは、田原氏、村田氏だけではありませんでした。

例えば、小林 よしのり氏(漫画家)は、

 

論理のベースには必ず感情がある( 尚中(東京大学教授)と私では違っている)。

日朝国交正常化をしなければ怖い”それがあなた方の感情だよ!

 

 と姜氏に、噛み付きました。

 

姜氏は、次のように小林氏を諌めました。

 

情と理があるとするなら、情を貫く為には『理』が必ず必要
『情』だけの世界だったら国際政治はどうやって動く!?

 

 そして、『理』に疎い(?)小林氏は次のように喚きました。

 

米国に付いて行くのは、全部北朝鮮が怖いからという論理で、そういう心理で国民が日米同盟によりかかるという状態になっちゃっている。

こんな状態で、今度財務省が、自衛隊を10万人削減と言うのでは、ますます以って日本の防衛は米軍に任せろと言う話になるわけ、韓国に北朝鮮の潜水艦で15人侵入したのに5万人を山狩りに動員した、それなのに今自衛隊を数万人削減と言うのは狂気の沙汰だよね、いざとなったらどうなると言うのに、北朝鮮には工作員が10万人いるんだよ。軍だけで100万人……

 

 これに対して、青山 繁晴氏(「独立総合研究所」社長)は、次のように反論しました。

 

兵士が減ったからと言って自主防衛力が減ったことには当たらない、その分ハイテクで補う。これは米国式……

 

でも、この青山氏の反論がなくしても、小林氏の論は『理』に適っていないのです。

15人の工作員に5万人が対処したとの計算では、工作員一人に対して3,333人が必要とされるのですから、北朝鮮の10万人の工作員に対しては、3億人以上の人員が対処しなくてはなりません

日本国民全員で対処しても間に合いません。

その上、その10倍の北朝鮮軍人がいるのでは、小林論法では全くのお手上げ状態です。

小林氏はどう対処するつもりですか?

 

 この小林氏に輪をかけて、『理』から逸脱しているのは、田原氏の。“2004年のキーワードは?”を受けて、『非道』と答えた勝谷 誠彦氏(コラムニスト)です。

 

漫画家とか物書きは感性でものを言う…… 国として人としての道を踏むことが大事。

 

 の発言に田原氏が、“日本は?”と問い返されると、

 

日本はちゃちな非道(役人のお手盛りなど)をやっている。

 

と答えていました。

とんでもないではありませんか!?米国のイラクへの暴力的な侵略を支持したとのとてつもない非道を日本は行ったではありませんか!

その上、憲法改正してまでも、軍備を持つと言う非道を行おうとしている国はどこですか?

(姜氏が説かれるように、“情を貫く為には『理』が必ず必要”であって、『理』の裏付けのない感情は、容易に、情報操作や、その場の雰囲気で右往左往するだけです。)

 

 そして、勝谷氏は、福島みずほ氏(社民党党首・参議院議員)に対して侮辱的な態度で、田原氏共々『非道』を行っていました。

北朝鮮の拉致事件解決法について、田原氏は、

福島さんならどうする?

と問いかけたのに対して、福島氏は

 

赤十字の人に相談して、(周囲から非難の声)、例えばアルグレイブ刑務所も赤十字が査察に入ってレポートを作った。ですから、何のとか6カ国協議は維持して、日朝、日米それぞれ……

 

ここで田原氏、福島氏をさえぎり

“だから福島さんならどうするかって言うの!”

福島氏が“強制収容所の査察を何とか行う。” との発言を、平沢 勝栄(自民党・衆議院議員)は“向こうがノーと言ったらどうするの?”といい、福島氏が発言しようとすると、呆れた事に、勝谷氏は、福島氏を指差し

 

社会党は一杯交渉ルートがあるだろう、あれだけ仲良かったんだから!

どうしちゃったのあのルートは?

一杯お友達いるんじゃないの?

 

と興奮して怒鳴りました。(相手が弱い女性だから?)

こんな侮辱的な発言態度が許されるのですか!?

 

そして、勝谷氏を叱責すべき田原氏(司会者)は、発言しました。

 

勝谷さん、いい加減な党だからたいしたルート無いの、
只向こうへ行って、万歳と言っただけなの

 

 なんと失礼な人達でしょうか!?

 

 拉致事件の適切な解決方法を、当日の出席者の誰一人として、提案できないのに、何故、福島氏だけが侮辱的な扱いを受けるのでしょうか?!

 

なにしろ、村田氏は、

6カ国会議も期待は出来ない”

 

平沢氏は、小泉氏が3度目の訪朝をすればよい、と語っていたのです。

私も平沢氏と同じ思いです。

でも、田原氏は、“こんな発言が出てくるのは、この番組だけだ”と自画自賛していました。

それでも、金正日が会わないと言ったら、それこそ、どうするのですか?!

 

 更には、 曙光氏(拓殖大学教授)が、2004年のキーワードとして、『多事多難』を挙げて、

 

日中問題などでも難題を残した。

 

と話している間に、勝谷氏らしき『難癖の難だよね』との笑い声が響きました。

 

 おまけに、田原氏は、次のようにも発言していました。

 

本来なら戦争、でも戦争がない日本は、経済制裁が最強の手段、これで駄目ならどうする?

経済制裁の効果はある、少なくとも、日本国民の北朝鮮に対する不満を抑えることが出来る。

 

 田原氏だって、こんな馬鹿げた提案しか出来ていないのです。

日本国民の不満を抑えるために、北朝鮮の弱者を真っ先に痛めつけてしまう経済制裁を田原氏は是認するのですか?!

こんな馬鹿げた発言をしておきながら、何故、福島氏を侮辱するのですか?!

 

その上、枝野幸男氏(民主党・衆議院議員)が、2004年のキーワードを

『中途半端』

と掲げると、田原氏は、

 

まるで民社党のことを言っているみたいですね

 

と茶化しました。

 

 更に番組の最後のほうで、田原氏は次のようにほざきました。

 

自民党がやってきた60年間は良かった、民主党がだらしないんだ、やっぱり。

 

田原氏よ、おかしいではありませんか!?

こんな日本にしたのは、何党ですか?

自民党ではないのですか?!

何故、田原氏は、民社党や社民党を茶化すのでしょうか?

 

 今朝のサンデープロジェクトで、安倍氏のNHKへの介入疑惑を放映していましたが、田原氏は、安倍氏に向かって、次のように発言しました。

 

 安倍さん、少なくとも私は安倍さんから圧力を受けたことはありませんよね。

でも、自民党からは圧力を受けていますけど。

 

 何か「きな臭く」ありませんか?

(この安倍氏の疑惑と、田原氏とのきな臭さの関係については、後日、記述したいと存じております。)

 

 そして、靖国問題になると、この人達は、自らの姿勢を自ら進んで正すという気構えがまるでないようです。

先ずは、森本 敏氏(拓殖大学教授)

 

中国国内の不満を日本に向ける、それが靖国問題

 

田原氏

 

靖国問題は、中国の国内問題と外務省は理解している

 

 更に、田原氏の

“去年一昨年位までは、国民の世論は首相の靖国反対が多かった、
今、賛成のほうが多くなった。
何故?”

 

 との問いかけに、村田氏は

“中国の反対に対する反発”

青山氏は

“小泉さんが靖国へ行っているのは、中国が反対しているから”

 

 と言った按配です。

 

そして、山本 一太氏(自民党・参議院議員)は、

“小泉さんは公約で行っている”

又、森本氏は

“小泉氏は、(遺族会に対して)内政の問題で行っている”

 

 とさえ発言しているのです。

山本氏は、きちんと日中国交回復の際の周恩来首相(当時)見解

日中双方の人民が一部の軍国主義者の犠牲者だった

を認識されているのですから、小泉氏の参拝を反対すべきと存じます。

(この周恩来首相(当時)見解の件は、拙文《文系の方々も「理」の心を(5(再び、靖国神社に関して)》をご参照下さい)

 何しろ、小泉氏の公約といっても、国民全体への公約ではなく、自民党の総裁選での遺族会への公約ではないのでは?

それに、公約なんか破っても小泉氏は平然としていたではありませんか!?

フリー百科事典『ウィキペディア』から引用させて頂きますと、以下の通りです。

 

国債30兆円枠を守る」とする公約を政権運営2年目以降は反故にし、
この程度の公約を守れなかったことは大したことではない」と強弁して批判を受けた。その後、発言を撤回し謝罪。

 

 そして、福島氏が次のように発言しました。

 

中国が反対しているからではなく靖国反対

アジアから日本が引っ越しできないのだから日中関係は大事

福岡裁判所も違憲といった

千葉地裁も公式参拝であるといった

憲法の政教分離の問題などから、公式参拝は判決ではっきり違憲といった

 

 すると又田原氏は、彼女に対して茶々を入れました。

 

屁理屈いうとなぜ伊勢神宮参拝に反対しないの?

 

 小泉氏の伊勢神宮参拝は、靖国神社への参拝を正当化すべきとの意図的な参拝でもあり、不純と私には映ります。

 

 そして、枝野氏の発言は次のようです。

 

今までほとんど行かなかった小泉氏が選挙の為に公式参拝するのは、
靖国に対しても失礼な話

 

 本当にそうだと私も思います。

小泉氏の参拝は、

「像造って魂入れず」

の典型ではありませんか!?

 

 そして、姜氏は、“靖国問題がこのまま放置すると、他国にも飛び火する”との見解を持ちつつ、平沢氏に質問しました。

 

国立の追悼施設は平沢さんを中心に造ろうとしていたのにどうしたのですか?

 

平沢氏、

 

造る必要はない。その理由は中国に言われて造る必要はない

 

福島氏、

 

小泉総理も当初は、積極的で、
福田官房長官のときに慰霊の場所としてそういうのを作ろうという動きがあった。

 

 宗教に無関係な慰霊の場所の話をしている福島氏へ、田原氏は次のようなA級戦犯の分祀に関して発言をしました。(それも、福島氏へ対して失礼な態度で)

 

靖国の分祀に関して中曽根さんは、靖国への働きかけでは無理だから、遺族へ働きかけた。その結果、東条さんの娘さんに対してはうまく行かなかった。

……

こんなことは皆さんも百も承知だから言いたくないけど、一寸、福島さんのために説明すると、中曽根さん(実際は藤波さんがやったのだけれども)、遺族の方々に申し訳ないけど、あなた方が主体的に分祀してくれないかといった、そしたら、東条さんの娘さんが“同じA級戦犯でも、殺されなかった終身刑のA級戦犯は、賀屋さんとか重光さんは大臣になって、勲章まで貰って名誉がある。殺された人間だけが永久にA級戦犯か!?殺され損か!?”と言われ返す言葉がなかった。どうするそれ

岸さんもA級戦犯……

 

 田原氏は、福島氏に対して何故こんな無礼な発言をされるのですか?

第一、御遺族が分祀に同意されても、靖国神社の合祀は、ご遺族等の御意思には全く無関係に行われているのではありませんか?!

神道ではなく、キリスト教、仏教徒、又、宗教に全く関係ない御遺族のうちでは、靖国の合祀を取り下げて欲しいと願い出て、その思いが適えられなかった方々も居られたのではありませんか?

なのに、何故、A級戦犯の御遺族のご意思だけが、靖国神社の合祀を取り下げることが可能なのでしょうか?

いわゆる「靖国神社の世界」に祀られておられる神様を、下界の人間の都合で、神様のご資格を剥奪したり、又、他所へお移り頂くのは無礼な話ではありませんか!?

 

 この田原氏発言の尻馬に乗った平沢氏、

A級戦犯に恩給を与えることにも社会党に賛成したではないか!?

 

そこで、A級戦犯に対する扱いがこのような状況になった経緯を、フリー百科事典『ウィキペディア』から以下に、引用させて頂きます。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6%96%E7%9B%B8%E3%80%81%E5%A4%A7%E8%87%A3%E3%81%AE%E9%9D%96%E5%9B%BD%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E5%8F%82%E6%8B%9D%E5%95%8F%E9%A1%8C)

 

A級戦犯合祀問題

靖国神社が東京裁判で判決を受けた14名のA級戦犯を、祭神として合祀している問題。首相の参拝が結果的にA級戦犯にも及ぶため、中華人民共和国韓国などから常に抗議を受け、その度に日本の中でも問題として取り上げられる。政府間ではA級戦犯が取り上げられているが、中国の報道としてB・C級戦犯についても問題とされる場合がある。

困窮した戦犯遺族の支援策として1953年8月公布された「戦傷病者戦没者遺族等援護法一部改正」「恩給改正法」で、戦犯は国内法で裁かれていないという解釈により、戦犯を恩給支給対象者として扱うようになった事をもって、戦犯の名誉は回復されたとし国内に戦犯は居ないという解釈をするむきもあるしかし、戦犯の名誉回復が国会で議決された事はなく、また政府として戦犯の名誉回復を公式見解で認めた事もない

戦後、戦没者が靖国神社に合祀されたが、そのリストは靖国神社ではなく行政府が作成した。昭和31年、遺族援護行政を所管する厚生省(現在の厚生労働省)引揚援護局から、都道府県に対して合祀事務に協力するよう「靖国神社合祀事務に関する協力について」とした通知が出された。なお、この通知は政教分離に反する不適切な通達だったとして昭和60年に当時の厚生大臣により撤回されている

東京裁判におけるA・B・C級戦犯は、日本の国内法の犯罪者ではないため、恩給や選挙権、被選挙権の剥奪もなかった。戦没者の選定はこの基準に準じたため、A・B・C級戦犯も除外されなかった。靖国神社では、昭和34年にB・C級戦犯を合祀、A級については合祀していなかったが、昭和40年に厚生省に戦犯を含む資料の送付を依頼、翌41年厚生省引揚援護局調査課長が「靖国神社未合祀戦争裁判関係死没者に関する祭神名票について」通知に基づき祭神名票を送付、45年に靖国の氏子総会でA級戦犯の合祀を決定するも当時の宮司預かりのまま、合祀はされていなかった。昭和53年になって新宮司が就任後、この時点で靖国神社はA級戦犯の受刑者を昭和殉難者と呼称、合祀を行った

また、A級戦犯合祀問題を解消するため、A級戦犯のみを分祀するという案が挙げられることがあるが、祭神の宗教的位置づけから見て、靖国神社が分祀を受け入れることはない。さらに靖国神社は戦没者の霊魂を取り扱う「位牌(物質的象徴)」が存在しない為、分祀の対象(実物としての位牌)が存在しない。

 

 ここでの記述から判ります事は、社会党(福島氏の社民党の前身)は“困窮した戦犯遺族の支援策”に賛成したのでしょうし、“戦犯の名誉回復が国会で議決された事はなく、また政府として戦犯の名誉回復を公式見解で認めた事もない”という事です。

従って、平沢氏の福島氏への非難は、不当不適切なのでしょう。

 

 そして、A級戦犯の重光氏や賀屋氏を大臣にしたり、岸氏を首相にしたのは自民党であって、それこそ自民党に問題があった!?

なのに、宮崎 哲弥氏(評論家)は、頓珍漢な見解を披露します。

 

天皇陛下をはじめ国民全体に責任があったのに、
A級戦犯たちを犠牲にしてしまったやましさの表現で彼らを神に祭っている。
こういう情の部分を中国側に小泉氏は説明すべき。

 

 日頃もっと真っ当な見解を語っていると思っていた宮崎氏のこのこじ付け的発言には悲しくなりました。

この発言に対する山本氏の次の発言は尤もです。

 

宮崎さんの言われるように中国に説明すれば、日本人全体の責任論が再燃する。

 

 更に、全く『理』に疎い勝谷氏は次のように王氏に噛み付きました。

 

A級戦犯が悪いことにしたのは、方便であって、僕ら日本人はA級戦犯だけが悪いのではなく日本人全体が加害者だと認識しているよ。でも、中国に行けば、いたるところで、日本の残虐性を示す博物館では日本から徴兵された一般の兵士の罪を展示している。言っている事とやっていることと違うではないですか!

 

 勝谷氏が“日本人全体が加害者だと認識している”というなら、勝谷氏は、それを行動に移すべきではありませんか!?

自らが謝罪とか反省の行動を取らずに、相手の非をなじるのは、(「感情」の赴くままに行動する)餓鬼そのものではありませんか!?

 

 しかし、

“戦争被害国としては、皆さんの話は残酷、私達の仲間は一体誰に殺された、その被害者は誰の責任と認識すべきか!中国政府は被害者の方々に誰が責任なのかと説明するのか?”

と発言されていた、冷静で礼節をわきまえた王氏は次のように説明されました。

 

72年の日中友好の時代にはそれは無かった。しかし8283年の教科書問題あたりから、日本の一部の人達は戦争責任を否定している、そういう中で、この動きに反発する意味もあって、85年丁度戦後40周年に中国各地で盧溝橋も南京も731部隊(に関しての博物館)をその時造ったのです。

 

 そして、靖国神社のA級戦犯がらみで、田原氏は次のような見解を披露します。

 

中国も韓国も教科書は反日ではないですか!でも、日本は文句を言っていない。

 

A級戦犯の家族に、分祀の働きかけをしているが、中国側の強い抗議を受けると「外圧でもって分祀は出来ない」となるので、だから、もう少し中国が静かにして欲しい。その辺の阿吽の呼吸が日中間でおかしくなっている。

 

小泉さんは靖国に行きながら、日中と仲良くできると感じている。なにしろ日本で靖国への反発がなくなっているので、中国にとって靖国問題が切り札にならないと思っている。

 

国民の中国嫌いの感情を高めるのはよくない

 

 どうも田原氏をはじめ、出席者の方々は変です。

小泉首相の靖国参拝を「中国側の外圧で止めるわけには行かない」

そして、A級戦犯の分祀に関しては「中国側の強い抗議を受けると「外圧でもって分祀は出来ない」となる

国立の追悼施設に関しては「中国に言われて造る必要はない」

とのごとく

中国の外圧に拒否反応を示していますが、
米国の外圧を喜んで受け入れていたのはどこの国で、どこの国民ですか!?

 

 こんな方々が日本のオピニオンリーダーであり続けたら、それこそ日本は漂流してしまいます。

中国の外圧抜きで、日本は靖国問題を真摯に考えるべきです。

靖国神社が今回の戦争にどのように関わりあってきたのかを、もっと真摯に考えるべきです。

国民を煽っているのは、中国よりも日本ではありませんか?

(中国の外圧反対を唱えつつ、日本人を首相の靖国参拝容認に誘導してしまったではありませんか!?)

勝谷氏は、“日本人全体が加害者だと認識している”と発言するなら、無宗教の国立追悼施設の建設にも積極的に動くべきです。

平沢氏も然りです。

田原氏は

“これは小泉さんは正しいんだけど、中国は、犯罪人は死んでも犯罪人。
日本の場合は生前犯罪を犯しても、死ねば皆同じ。”

と語ってもいます。

 

 

死ねば皆同じ”であれば、
靖国神社に神として祀らなくてよいではありませんか!?

だったら、何も靖国神社に拘らず、無宗教の国立慰霊施設を作られて、全ての戦争犠牲者を慰めたらよいのではありませんか!?

 

平沢氏は、“815日の戦没者追悼式に対しても、A級戦犯も祀られている。”と語って王氏に噛み付きましたが、追悼式ではA級戦犯の方々を神として祀ってはいないのです。

 

(亡くなったお方を、神として崇めるのは、私的には自由ですが、国家として崇めてしまったら、それこそ神への冒涜であると、そして、戦前戦中はその冒涜を犯し続けてきたと、私は感じています。)

 

 さらに、対中国に対しての話で、小林氏は次のように語りました。

 

若し、中国と米国が戦うとなったら、日本列島そのものが沖縄化されてしまう

だから、米中決戦など想定すること事態がおかしいわけ、だから、日本は中国をどうもって行けばよいのか考えなくてはならない時期が来たと思う。中国で近代国民国家が又民主主義が実現してよいのか、実現できるかを考えた時それは不可能だと思う。

 

 この小林氏の発言は、私には理解に苦しむのです。

小林氏は、姜氏に対して、 “「日朝国交正常化をしなければ怖い」それがあなた方の感情だよ!”と怒鳴っているのに、「日本列島そのものが沖縄化されてしまう米中決戦など想定すること事態がおかしい」と発言しているのですから、北朝鮮が怖くないと言うなら、当然日本全土が戦場と化すことも考えるべきです。

そして、工作員による日本全土でのテロ事件の多発、そして、北朝鮮からの難民の方々……

 

 そして、田原氏は、王氏に尋ねました。

 

中国は、政治は共産主義、経済は自由主義というのは日本から見ると矛盾していると思う。将来は政治も民主主義になる可能性があるのか?

 

王氏は答えました。

 

中国は大きく変わっている、戦争の記述は最近物凄く減っている。中国の共産党そのものが変わってきている、(階級政党から国民政党に)国内の政治世論の多様化を認めないとならない、共産党以外を認めるか否かも徐々に変わってきていると見ている。

絶対変わらないと言うのは、中国国民も容認できない。趨勢は変わってゆく。

伝統的に中国国民に社会主義は似合わない。経済が発展して、社会が多様化してきて、多様化してくると人々の考え方も違ってくる、そしてその違いを主張する発言もどんどんこれから増えてくる。

靖国問題を中国は外交カードとして使っているとの日本側の見方ですが、中国国内でいろんな人に話を聞いても昔から、変わってない点が一つある。戦後日本の姿勢を象徴するものと言うのが、靖国神社の首相の参拝である外交カードと言うより中国の政府、世論、そして、国民も日本の姿勢を象徴するものと、鏡と見ている。外交カードに使える人間は限られている。

 

 このように、王氏は冷静的確に答えておられます。

一方、日本人出席者たちの発言は次のように続いていました。

 

田原氏

小林さんは日本がだらしないと言っている、それは敵を作らなかったから。

小林氏

え〜!

田原氏

つまり中国は日本という敵を作くることで、団結連帯愛国心が高まる戦後の日本は敵を一切作らなかった。自民党は佐藤内閣の綱領は、第一がもはや世界では大きな戦争は起きない。従って、日本は憲法の改正をする必要はない。で日本は、ソ連、東側の国々、又、米国西側のあらゆる国々と仲良くしようと言うのが佐藤内閣の自民党の綱領

この敵を作らないことが、小林さんの言うヘナチョコ日本になった

 

 「敵を作くることで、団結連帯愛国心が高まる」というなら、そんな「団結連帯愛国心」などは不要です。

単に、争いの元となるだけです。

こんな発言は田原氏の心の貧しさの現れでは!?

2002年に日韓で共催された、サッカーのW杯では、日本の若者達は、日本チームだけでなく、他国のチームへも盛んに声援を送り、外国からも賞賛の眼差しが注がれたのではありませんでしたかしら?

このような日本の若者達を「ヘナチョコ日本の若者達」と田原氏は非難されるのでしょうか!?

でも、そのような若者達は、簡単に『中国の圧力に屈するな!』の大合唱の渦の中に巻き込まれてしまうのです。)

 

森本氏

実際には敵だと言わずに敵だと思わせて(日本人のずるさで)やってきた。だからアジア人が信頼しないのです。

例えば、冷戦時代にソ連が敵だとか脅威だとかを政府の刊行物に書かずに、ソ連の潜水艦が、空母が来たとか、客観的と思われる事実を示して、国民に脅威を煽って防衛力を増大してきた。これが日本人的、だからアジアの人が日本のやり方を信用しない

 

青山氏

「米国と結ぶのが、日本だけ良ければ」で、やって来たので、その問い直しが今来ている。

敵を作らなければいけないのではなく、先ず国の目標を作る、アジアの新しい平和を作るという目標を立てて、敵ではなくここにこういう問題があると、例えば、その中に北朝鮮のレジュームも、中国の開発独裁(?)もあると言う風に据える事が大切。

 

宮崎氏

敵を作って反対勢力を外に向けるのは最悪。長続きしない。

 

 田原氏に比べて、森本、青山、宮崎氏の見解が真っ当なので少し安心しました。

でも、田原氏の様な方が、日本を引っ張ってゆく現状は大変心配です。

田原さんどうしたのですか?!

そして、又、田原氏は、続けていました。

 

田原氏

日本で今問題は、自民党が敵を作らず仲良くしようという中で、戦後60年の日本人の価値観は何だ?損か得かですよ。たとえ屈辱的でも得になることはする。

小林さんは、このような風潮を“けだるい平和”と表現した。

 

小林氏

リスクを負った方が良いと言っているわけリスクを負わないように負わないように、人命と財産だけが全ての価値だと言ってきたから、国がそういうモラルなら、国内のモラルも、そうなりますよ!だから国がちゃんとビジョンを立てなくては駄目だ!

 

宮崎氏

小林さんにとって国の中心となる価値は?

 

小林氏

日本は日本人の中で、
より良いこと、より正しいこと、より崇高なこと、より美しいこと、
そういうことを、みんな考え出せばよい

 

田原氏

戦前戦中は、より正しいことは天皇の為に命を投げ出すこと、
「崇高なこと」となると特攻隊ですよ
そして、戦後は、それは駄目だとなった、となると価値観がない。

 

 田原氏は”「崇高なこと」となると特攻隊ですよ”と発言されましたが、
何故、『自爆テロ』が非難されるのですか?
『神風特攻隊』ではない「伏龍」を、田原氏は、どう考えるのですか?

「伏龍」について、『指揮官達の特攻』(城山三郎著:新潮社発行)から引用させて頂きます。
拙文《自衛隊と軍隊 どっちが分かり易い》もご参照下さい)

……一万五千を超す少年兵が再多数振り向けられそうになったのは、「伏龍」部隊である。

 隣りの分隊が「油壷送り」と知って、私たちに言葉を失わせたその油壷を中心に展開している特攻隊で、機雷を棒の先につけて持ち、潜水服を着て、海底に縦横五〇メートル間隔で配置される

 敵艦船が来たら、その棒を敵艦の艦底に突き上げて、爆発させる

 もちろん、当人も、周辺に配置された隊員たちの命も、一挙に吹っとぶ

……
少年兵の命など花びらよりも紙きれよりも安しとする日本海軍ならではの発想である。……

「伏龍」も崇高ですか?
 
”「特攻隊」が崇高”との論理は、「特攻隊」で死ななかった者たちの論理ではありませんか?

青山氏

私や仲間が考えているのは、天皇(文化の象徴)制と両立する自由と民主主義

 

田原氏は、数日前に、伊藤忠の丹羽宇一郎氏のお話を聞かれたばかりなのに、何故寝惚けた事ばかり言っているのですか!?

(前の拙文《文系の方々も「理」の心を(6)(伊藤忠丹羽会長のお話)》をご参照下さい)

 

丹羽宇一郎氏の経営理念は、

 

清く、正しく、美しく

 

であって、その理念の下に、倒産寸前の伊藤忠を再建したのではありませんか!

私達だって、“清く、正しく、美しく”を貫くことが生きがいであり、国の理念でもあるのではありませんか!

小林氏は、「日本は日本人の中で、より良いこと、より正しいこと、より崇高なこと、より美しいこと、そういうことをみんな考え出せばよい」と発言するなら、丹羽氏の発言に耳を傾け、爪の垢を煎じて飲んだら如何ですか?!

 

その上、小林氏は“リスクを負わないように負わないように、人命と財産だけが全ての価値だと言ってきたから、国がそういうモラルなら、国内のモラルも、そうなりますよ!”と主張されているのですから、私達日本人は当然ながら、

「戦争」と言う最悪のモラルを排除すべきです。

小林氏は“今自衛隊を数万人削減と言うのは狂気の沙汰だ”と発言していますが、この発想は、日本が財政的に豊かであって可能なのです。

即ち、財政が豊かな国は、どんどん兵力を増強し、貧しい国は乏しい兵力のままです。

でも、貧しいながらに兵力を増強すれば、国民の生活が犠牲になります。

こんな馬鹿げた事を、いつまでやっているのですか?

弱肉強食の最たるものではありませんか!?

こんなことでモラルが低下しないのですか!?

文化を誇ろうと言う国が!?

(日本のGDPが約500兆円に対して、北朝鮮のGDPは、約2兆円です)

 

ここで新渡戸稲造の著作『武士道:三笠書房発行』から、勝海舟に関しての次なる記述を掲げさせていただきます。

 

刀でも、ひどく丈夫に結えて、決して抜けないようにしてあった人に斬られても、こちらは斬らぬといふ覚悟だった。ナニ蚤や虱だと思へばいいのさ。肩につかまって、チクリチクリと刺しても、ただ痒いだけだ、生命に関りはしないよ」(『海舟座談』)

 これが、艱難と誇りの燃えさかる炉の中で武士道の教育を受けた人の言葉であった。よく知られている格言に「負けるが勝ち」というものがある。この格言は、真の勝利は暴徒にむやみに抵抗することではないことを意味している。また「血を見ない勝利こそ最善の勝利」とか、これに類する格言がある。これらの格言は、武人の究極の理想は平和であることを示している。

 

どうも、新渡戸稲造や、勝海舟の生き方は、田原氏らの「勝てば官軍」等という無法者達(?)の論理では全く推し量ることが出来ないようです。

 

強ければ強いほどに、自らにハンデを負わせる生き方を、私は美しいものだと日頃から感じ、憧れ、少しでもその境地に近付きたいと悪戦苦闘しているのです。

 

従って、最高の、ハンデであり、リスクでもある「武力放棄」を、我が日本国の国是として掲げることを、美しいと、私は感じるのです。

 

ここで、拙文《武士道と自衛隊と勝海舟》の一部を再掲いたします。

 

刀でも、ひどく丈夫に結えて、決して抜けないようにしてあった」との勝海舟の「決して抜けない」は、全く我が国の自衛隊そのものではありませんか!?

勝海舟は、「丸腰(全く武装していない状態)」ではなくて「決して抜けない刀(自衛隊)」を帯びていたのです。)

 

そして、武士道』に於ける負けるが勝ち」「血を見ない勝利こそ最善の勝利」「武人の究極の理想は平和」を私達は、改めて肝に銘じるべきです。

 

更に、武士道』から、「名誉、勇気、そして武徳のすぐれた遺産を守れ」の件も抜粋致します。

 

人間の闘争本能というものは普遍的で、かつ自然なものであり、また高尚な感性、男らしい徳目であるとしても、それは人間性のすべてではない。もっと神々しい本能、すなわち愛するという本能が闘争本能の下にある

私たちは神道や、孟子、さらに王陽明が明確にそのことを教えていることを見てきた。しかし、武士道や、戦闘者タイプの道徳は疑いもなく、直接的な現実の欠くべからざる問題にのみとり組まざるをえなかった。そのため、しばしばこの愛するという本能の存在を正当にとり扱うことを閑却してきたのである。

 近年、とみに生活にゆとりが生じてきている。武士の訴えてきた使命よりも、もっと気高く、もっと幅広い使命が今日、私たちに要求されている。広がった人生観、デモクラシーの成長、他民族、他国民に対する知識の増大とともに、孔子のの思想――あるいは仏教の慈悲の思想もこれに加えるべきか――はキリスト教のの観念へとつながっていくだろう。

 人はもはや臣下以上のものとなり、市民という存在に成長した。否、人は市民以上のもの、すなわち人間なのである。現在、戦雲が日本の水平線上に垂れこめている。だが平和の天使の翼がこれを吹き払ってくれることを信じよう。世界の歴史は「優しき者は地を嗣がん」という預言を確信しうるものである。

 生まれながらの権利である平和を売り渡し、産業振興の前線から退いて、侵略主義の戦略に加わるような国民はまったくくだらない取引きをしているのだ。……

そして「詭弁家、金儲け主義者、計算高い連中」の新時代に入ったことのあかしであった。

 

 ここに掲げられた「武士の訴えてきた使命よりも、もっと気高く、もっと幅広い使命が今日、私たちに要求されている」の文言の「武士の訴えてきた使命」を「軍隊の使命」に置き換えて考えるべきです。

 

 そして、私達は「軍隊」よりも「孔子のの思想、仏教の慈悲の思想、キリスト教のの観念」が必要とされるのです。

 

 1900年に『武士道』の中で“現在、戦雲が日本の水平線上に垂れこめている。だが平和の天使の翼がこれを吹き払ってくれることを信じよう”と記述された新渡戸稲造氏に、百年の歳月を隔てた今、逆流し始めてしまった日本の流れを、今一度、平和へと押し戻して頂きたく存じます。

 

 この新渡戸氏の訴えこそが、小林氏の求める“より良いこと、より正しいこと、より崇高なこと、より美しいこと”ではありませんか!?

そして、又、伊藤忠会長の丹羽宇一郎氏の経営理念

清く、正しく、美しく

に合致すると私は感じるのです。

 

 従いまして、丹羽宇一郎氏に、日本の首相となって頂き、日本国を

清く、正しく、美しく

との理念を高く掲げ「平和憲法」を維持し、『世界平和への貢献』に尽力する国へと導いて頂きたいものです。

 

 

 (補足)

「朝まで生テレビ!」は、未だ続いていましたので書き加えます。

 

枝野氏:

日本の民主主義はゆがんでいる、民主主義の根幹は、あなたと意見は違っているけど、
あなたの発言する自由は守る、相手の価値を尊重する
という個人の尊厳なのです。

 

田原氏:

そうなっているじゃないの!?

 

傲慢な田原さん(そして、尻馬に乗った勝谷氏)、本当に“そうなっているじゃない!”ですか!?

福島氏の発言の自由を守りましたか!?

福島氏の価値を尊重しましたか?!

 

枝野氏:

ところが日本の民主主義は、自分勝手と人権が混同されているのが間違い。

本来の人権は他者の人権を認める、だから自分の人権を認めろ

(小林遠くから野次る:民主主義や人権を不変的な価値と思うなよ!)

 

田原氏:

となると、この国は良い国だと言うことになっちゃう

だから夢が無いんですよ!何故、夢がないかといえば、今が一番よいと皆が思っている。

宮崎氏:

成熟した国はどの国もそうなる。

 

本当に田原さん、どうしちゃったのですか?!

田原さんご自身 (又、勝谷氏も) 、今回の番組で、福島氏の人権を守りましたか!?

イラクに民主主義を植え付ける等と尤もらしいことを言って、大国がイラクを侵略したり、『国益』と称えて、その尻馬に乗ることは、「他者の人権を踏みにじる」事であり、民主主義を標榜する国、又、その国民の取るべき行為ではありません。

民主主義を標榜するなら、
その民主主義の心を他国へ、
又、他国の国民へも注ぐべきです。

 自国民だけ良かれの民主主義など、餓鬼の民主主義です。

小泉首相が登場したり、田原さんが変節する前までは、田原さん、確かにこの国は、(少なくとも、今よりは、)良い国だったはずです。(拙文《田原総一朗氏の変節》を御参照下さい)

 

スタジオの参観者等のアンケート結果は「日本が良い国だ(この国に生まれて幸せ)」が圧倒的多数でした。

 

そこで、勝谷氏は次のように発言しました。

 

(今の日本が)好きだと言う方(今の日本が好きだと言う結果?)をみて、「精神の奴隷の豊かさ」だと思う、日本は金の為に義も道も全て捨ててきた。その帰結として、この日本が良いという答えが出ている。

 

なんだか、勝谷氏は偉そうですけど、勝谷氏の能力で、勝谷氏が今の生活水準を維持できるのは、「精神の奴隷」のごとく、ドブ鼠色の背広に身を包み、黙々として働いてこられた方々のお陰ではありませんか?!

(イラク、アフガニスタンで、勝谷氏の能力で今の生活が出来ますか?)

このような、勝谷氏は、どのような分野で豊かな精神を発揮されたのでしょうか?

(今回の、福島氏への無礼な発言態度は、勝谷氏が豊かな精神の持ち主とは、私には、思えないのですが?)

 

そして、その日の会場で傍聴していた61歳の方は、「幸せでない」と発言されました。

 

3040台の方々が、フリーターとかで、しっかりした職場につけない、この状態では、結婚して、子供が生まれたりして、出費が多くなると生活が大変である。

ところが、国の方は、どんどん無駄使いして、国の財政も、厚生年金までもガタガタにしてしまった。

国の方が、無駄使いを止めて、それでも本当に苦しいのだから、国民の皆様我慢してくださいと言うのなら、私は、決して税金を払いたくないと言っているのではありません。

最近では、某放送局の方々が……

 

ここで強引に田原氏は、発言を遮った。

 

このように、今までの(自民党政権)の不備を指摘されたのは、この61歳傍聴者のみでした。

 

田原氏の『漂流の時代』などの言葉遊びばかりで、そのような体たらくにしてしまった自民党政権への反省は一切無かった番組でした。

 

そして、

他人に言われたから直さないとの、「酔っ払いの論理」

が罷り通る不思議な番組でした。

(私は、酔っ払いに注意すると、“お前の注意の仕方が気にいらねえから”と私の注意を無視されることがしばしばでした)

そして、この論理が罷り通る不思議な国が、今の日本なのでしょう。

 更には、「日本」「日本」と喚きたてる日本人の方々よりも、悲しい事に、日本人ではない姜氏、王氏の御発言が立派だったのが印象的な番組でした。
僅かな期待として、森本氏が『国益』の中には『文化』も含むと発言した点でした。


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